無駄のないあがき

日々に疲れている全ての人類に癒しを。20代の人間による妄想×銭湯=癒しのブログ。

他称ミュージシャンの日常と衝撃

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「自称ミュージシャン」と聞くと、なんだかいい年してフリーターをやりながら音楽活動に精を出している人というイメージが浮かぶ。世間では認められていないから”自称”であるのだ。

 

一方で「他称ミュージシャン」はどうだろうか。世間の人はあいつは本物のミュージシャンだ!と認めているが、本人は至って謙虚で「いや、僕はそんなんじゃないですから」と謙遜している絵が浮かぶ。

 

当の本人は音楽活動をしている自覚は毛頭ない。

彼の舌打ち、歩く靴の音、ため息の音。全てがこの世の人にとって、音楽に聴こえるのだ。

 

彼はクラシックが好きで頻繁にフルオーケストラのコンサートに行く。ただしそれはあくまでもオーディエンスの方で、本来であれば消費者に過ぎない。しかし、彼の場合は大きく異なっている。

曲と曲の間で多くの観客は咳払いをする。曲の最中に我慢していた分、一斉に行う。

彼もそのうちの一人だ。普通に咳払いをする。

 

ただ普通の人間と違うのは彼の咳払いは音楽であることだ。彼が咳払いをした瞬間、会場の彼を除く全ての人が彼が奏でる甘美な音楽に驚き、咳払いを止め、そして耳をすます。

 

「そんなんじゃないんです」と彼は心の中で呟くが、会場の人々のスタンディングオベーションは止まらない。オーケストラの演奏者たちも演奏するのを忘れ、チェロやヴァイオリンを床に置き、スタンディングオベーションしている。彼の咳払いは聴く人全てを魅了するのだ。

 

あと彼は花粉アレルギーである。もっぱら春先のスギ花粉に弱い。

この季節はもうゲリラライブの嵐だ。

 

なぜなら彼の鼻をかむ音も音楽だからだ。彼が歩みを止め、ポケットティッシュを1枚取り出す瞬間のピンと張り詰めた空気は、アーティストが演奏を始める前の静寂な空気に似ている。

 

彼がおもむろに鼻をかめば、周囲の街ゆく人たちが歩みを止め、彼の周りに輪を作る。彼が鼻をかむのをひとたびやめると「アンコール、アンコール」と示しあわせたかのように合唱が始まる。

 

もう出るものないんだけどな、と彼は思いつつも、鼻のかみ過ぎでサクランボのように赤くかぶれた鼻を震わせながら鼻をかむのだ。

 

スギなんて無くなればいいという論者とスギがなくなったら彼の音楽を聴く機会が減ってしまうという論者で、しばしばネット上で議論スレッドが立つのも春先の季節の風物詩となっている。

 

あと言い忘れていたが、彼はクチャラーだ。口を開けながらペチャクチャと物を食べる奴のことをクチャラーというのだが、マナー違反であるし、周囲の人間にとっても不愉快であるので本来はマナー違反である。

 

しかし、もう読者の皆様はお気付きであるだろうが彼の場合はそれも音楽だ。

 

彼が食事をすれば、ガストでも吉野家でもミュージックレストランに早変わりする。

ペチャクチャペチャクチャ。彼の行きつけの回らない寿司屋では、音楽を聞きたい寿司職人が「マグロが聞きたい」と逆にネタを決めて握ることもある。

 

 

 

他称ミュージシャンも自称ミュージシャンと違った意味で大変そうだ。

 

 

 

いやー、そんなんじゃないんですけどね、と言いながら今日も彼はカリフォルニアロール巻きを口半開きで食べている。